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11月29日高円寺バーペガ 変わってくために変わらない想い

変わる事を恐れていた時期があった。それが最も顕著だったのは19歳の頃。

20歳になっていわゆる「大人」になる事が本気で怖かった。学生の自分からみた大人は長いものに巻かれている様に見えたから、自分もいつかそうなるのかと思うと、今自分が持っているピュアな気持ちを維持出来ないんじゃないかって。

でも、実際大人になってみてそれは違ったのだと分かった。私の「理念」は変わらない。そして、根本の私自身も変わってない。

だからこそ、私は変わる事が出来たことも。自分の変わらない「想い」を貫いた事こそが、私を成長させ、変えてくれたんだと。

これからも、私は「変わらない想い」を胸に、どんどん自分を成長させ、変わっていきたい。

11月29日、金曜日。

高円寺バーペガでその誓いを改めて。

11月29(金)

『変わってくために 変わらない想い vol.5』 #かわおも

会場:高円寺バーペガ

Op/St=18:50/19:00

チャージ:¥1,000(ドリンク別)

act

夢来視/きらら/コイデアツヒト(クジリ)/彩葉永華/西西太/安川裕作/高伊聲/キタヅメマサシゲ/おんぞうし

人生の中で、私も変わる、あなたも変わる、そのために変わらない想いを伝えたい。

ご来場

よろしくお願いいします。

9.恋に恋する万葉少女

私の作る歌はよく「恋愛の歌が多いね」と言われる。恋愛の歌が物語を基調とした自分の作風だと創りやすいのも理由の一つで、特に実体験でもなく、うっとりとストーリーを創って行くと、恋愛の歌になってしまう事が多いんだと思う。

ただ、私の場合、恋愛モノの歌を創る時に想定する場面が、日常的にありふれたものではなく、しかも生活感がない。

昔から、なんとなく生活感のある歌は作風に合わない様な気がしているのと、なんか自分の日常を歌うのは恥ずかしいので、創作ばかりしていた結果、物語を歌う様になったのだが、恋愛モノの発端となったものが何だったかを遡って思い出してみると、中学時代にハマった万葉集が関係していそうだったった。

「万葉ロマン♪万葉集の時代何故か昔から好きなんだ☆万葉時代の恋愛美しいですわ~♪額田王と石川郎女当たりが特に(*´∀`*)」

(2013年5月2日 )

大正ロマンならぬ万葉ロマンねぇ。実際にはどうだったのかはさて置いて、万葉集に見る恋愛歌のやり取りには、連絡手段、通信手段の発達によって、言葉は悪いが恋愛が比較的手軽になった現代には薄れてしまった「来るのか来ないのか、リアルタイムにわからない相手を待つドキドキ感」が一層リアルで鮮やかに感じ取れた。

それにも増して、言葉遣い、言い回しが粋だなあと感じるので、物凄くロマンチックな気持ちになっていた。

しかし読んでいた万葉集がこれが文字だけの文集だったらここまでにはならなかっただろう。

私が読んでいた万葉集は漫画だった。ここまで来てもう想像は付いた方がいるかもしれない。

私が特にうっとりした額田王と石川郎女の場面について言えば、

額田王は言うまでもなく女子から見ても女性として素敵な恋多き女として描かれ、

「自分もこんな恋愛してみたい」という憧れの気持ちを抱いた。

そして、石川郎女の章では、郎女の恋人だったという大津皇子がかなりイケメンに描かれていたのもあって、いわゆる二次元に恋する腐女子に近い状態もしくは、そこから二次創作をするオタクの様な気持ちになった。

(それでも二次元には行かなかったし腐女子にもオタクにもならなかった)

そんな事がきっかけで、この頃から作詞が始まったのだから万葉集が私に与えた影響は測り知れない。

その後古典文学好きはエスカレートして、百人一首は全て暗記する事となる。当然、平安時代の文学も沢山読んだ

「源氏物語とか和泉式部も憧れだけど♪」

( 2013年5月2日)

源氏物語も和泉式部も随分とスキャンダルな要素が強いし、どちらも色恋だらけ。という事は、自分自身も和泉式部の様に沢山の恋愛をする事に憧れた、つまり恋に恋する気持ちだったのかもしれない。

或いは、自分で言うのは恥ずかしいけど、わりかし恋愛経験が多めなのを和泉式部に投影してロマンチックに酔っているという節が無いわけでもなさそうだ。

だからこそロマンチックだけではなく振り回される思いもするのだけど。

「恋心ほどワガママなものはこの世にないと思う、駄々こねる子どもの方がまだ物わかりがいい。」

( 2013年7月16日 )

それでも、やはりロマンティスト。

「だからこそ美しいし愛しくもあるのですけど…☆」

(2013年7月16日 )

近年のアイドルの「恋愛禁止」じゃないけど、私の様な芸事をする人に対しては、口に出さずとも「恋愛してないで芸事に全てをかけて欲しい」といった様な暗黙の、圧力というのは言い過ぎだけど期待があるように感じる場面が多い。

気持ちは良く理解できる。憧れの存在というのは、つまり夢。自分がその人の側に居られたらという夢をみているから、「憧れのあの子に恋人がいたらがっかりする」気持ちもそうだと思うし、ある種、修行僧や修道女に似た性質のある職業なので言わんとしている事はよくわかる。その上で私はこう言いたいのだ。
「シンガーソングライターさんは多分、沢山恋した方がいい。そんな気がする。恋愛ほど感性を育てるものはないかもしれません。何故なら名だたる文豪や歌人は倫理道徳を知った上でそうでしたから。」「6:47 – 2015年11月25日)

ただし自分の芸時を邪魔しない人がいいね。出来る事なら。仮にダメ男ダメ女と付き合ってもそれを芸術に昇華出来れば良いけど。

そんな事をしょっちゅう考えているものだから、それが作品になってしまうのは自然な流れだったりする。

「19才のキャバ嬢「花売り娘」が進化して、悪い女「椿姫」になってしまうお話が今書けたです。彼女は生涯「女」である事を選んだんですねぇ。そして彼女は、とある流浪の辻楽師と恋に堕ちるが、彼に「君はあの名高き悪女だね」と云われ、妖艶な髪を切り落として普通の娘に戻ってしまうというお話。」

( 2015年11月25日)

ううん、このお話を書いたのはどう言う心理でだったんだろう。花売り娘はわりと初々しい純情な若いキャバ嬢と言う設定なのが、どこで何を間違えて悪女、椿姫になってしまったのかが気になる。

キャバクラの世界でちやほやされる事を覚えたのが発端なのかなんなのか。いずれにしても、キャバ嬢が彼女の天職だったのは言うまでもない様な気がする。

辻楽師。ちょうどこの頃、中世ヨーロッパの職業図鑑と言うものを読んでいて、辻楽師と言うのはいわゆるストリートライブをする音楽家の様な感じで紹介されていた。

原作の「椿姫」でも、椿姫と呼ばれていた主人公のヴィオレッタが、アルフレードという若者と出逢い、初めて純粋な愛を知った事で、娼婦生活から足を洗おうとする場面がある。多分この場面を憶えていたかなんかで、こんな話を書きたくなったんじゃないかと思う。

それが、頭の片隅に住み着いた「辻楽師」とコラボしていい感じになった。よし、次の作品は「椿姫」だ。

さて、では実際のクリエイター女子たちの恋バナ事情はどんなものなのか。
「女子会☆恋バナではなく作詞の話に花が咲いております^ ^作業場所は家派とカフェ派と半々の様。恋しないと恋愛の歌が書けない子、逆な子、さまざまです。女子力と創造力と両方とも向上中。」(2016年1月10)

そうは言っても恋バナだってあった。恋愛が自分の創作に与える影響がどんなものだとか、実体験としての恋愛から生まれた作品がどんなものだとか、創作的観点から付き合っていい男、ダメな男の考察とか。一般的な恋バナとちょっと違ってるだけ。クリエイター女子はむしろ付き合ったら面白いと思う。ただしステレオタイプではないし、亭主関白は嫌いな傾向があるが。

クリエイター女子的恋バナの一つの例としてこんなツイートをを紹介しよう。

「両想いだからこそ言えなかったって気持ち。それって10代の私の初恋のお話。言えないけど幸せだった、そんなお話。18の時にそれを元に作った曲があった。それをさらに今、物語にして4月あたりに歌おうかと言う。両想い=付き合うじゃないの?何で?いやいや、そうじゃないこともあるんでしたよ。」
( 2016年1月14日)

その作品はというと、2018年9月現在、実はまだ未完成だったりする。

(特に議論をする気はない。別に意見を求めてるんじゃない。ただ、あの日あの時の自分が酔った勢いで垂れ流した内容にツッコんでるだけのエッセイなのです。)

このエッセイについて「はじめに」はこちら

8.シラフでも謎行動

私の謎な行動はなにも、酔っ払った時ばかりではないらしい。今度はシラフでやってしまったエピソードが満載のツイートを拾ってみる。

「ちょw下着売り場から出ようとしてカバンに違和感があったから確認したら商品の下着がカバンにぶら下がってたw危うく下着万引き犯になるとこだったぜ( ゚д゚ )」

(- 2013年4月13日 )

気がついたから良かったものの、そのまま気づかずに歩いていたらまるで万引きな上に変態になってしまうところだった。

次はやらかしというか、怪奇現象。

「昨日金縛りに遭って、今日耳鳴りがして、洗面所の鏡に映った背後になにかいるきがしたので 「そんなとこに居るとお祓いしちゃうぞ 」って云ったら耳鳴り共にぴたりと消えた…なんだったんだこれは(◎-◎;)」

( 2013年8月24日 )

何か憑けて来てしまったのかもしれない。ちなみに、私は霊感はあるが、目視で霊を見たことはなくて、聴こえたり感じたりする方のみ。

そして驚愕の恥ずかしいやつ。

「ガチャ。とドアが開く。妹「ドライヤー貸して・・・(驚愕)」姉(私)はきゃりーぱみゅぱみゅを踊っていた・・・」

(- 2013年10月21日 )

これは訳あって、きゃりーぱみゅぱみゅの「ファッションモンスター」を振り付きで練習していた時の事だった。ドライヤーを部屋に持ち込んで髪を乾かした後、そのままドライヤーを放置したままきゃりーぱみゅぱみゅの練習をしていたら、当時同居していた妹がお風呂から上がって、ドライヤーを借りに来た。それはそれは恥ずかしかった。

やらかしシリーズはひとまずこの辺で一度区切り。

このエッセイについて「はじめに」はこちら

7.今日から4日分禁酒します…

やっと小難しい章を過ぎて、今度はとてつもなくアホなツイートを抜粋してみる。

この章は小休止のつもりで読んで頂きたいと思う。

まずはなんかとんでもなく飲み過ぎたらしい一文。

「oh!no!4日酔い」

( 2013年2月17日 )

4日酔いって!一体何をどんだけ飲んだんだ!確かこの日の付近、記憶にある限りでは、友人の務めているバーでパーティーがあって、朝まで飲み明かしていた。そりゃあまぁ…

その結果次の一文。

「今日から4日分禁酒します…」

( 2013年2月17日 )

更に意味不明(笑)4日酔いする程のんだからって4日分の禁酒とは一体どうやるのか。単純に4日お酒を休んだんだと思うけど、自己満足に過ぎない…

そして元はと言えばこのエッセイのきっかけとなったのがこれ。

「酔っ払って爆発投稿をあちこちにしていたみたいです。」

( 2013年4月2日 )

多分ブログかなんかに色々と書き殴ったんだと思う。当然、いつもの如く起きた後は怖くて何を書いたのか、暫く確認しに行けなかった。

またある日は、酢を飲んでいる。

「酢。のむのむ。きく。」

( 2013年8月5日) 

どうやら、アルコールを取り過ぎると、身体が酢酸を求めるらしく、酢の物や冷やし中華など酸っぱい物が食べたくなる。そこで酢をダイレクトに飲んでいる、という事は・・・相当酢酸が欲しかったんだろう。

これはいいとしても、次のは真似をしてはいけないやつ。

「 私インフル注射した日お酒飲んだらすぐ酔っ払って寝ちゃった(笑)」

(- 2013年11月14日 )

いやいや、飲んじゃダメでしょ。インフル注射したら安静にしないと!インフル注射したら激しい運動しちゃだめなんだから!確かに飲酒は激しい運動と違うかもしれないけど。。。程度によっては激しい運動と変わらないぞ!

そんな事だからしょっちゅう寝不足になってしまう。

「エレベーターでも眠りエスカレーターでも眠る〜」

(2013年12月11日 )

立ちながらよう寝れるな。そこまでして睡眠時間を確保しないとならないからもう10分でも早く寝ろ。

実際には、飲んでいてある程度酔っ払うと、いつのまにか寝てしまう。それも、大抵は寝落ちではなくてちゃんと寝支度をして寝ている。それなのに、いつの時点で寝たのかを覚えていないからすごい。

「なんか昨夜つかれてて飲んじゃったらいろんないとろ間違えてる。①twitterにお料理メモしてる②明日の着替えのところにパジャマ置いてる③目覚まし時計かけてない。」

( 2015年4月16日 )

「他。どの時点で寝ちゃったのか不明な感じでPCもデジピも点けっぱなし。月に一回くらいこんな感じで飲み過ぎるので珍しいことではないけどその時なにをしていたのかよくわからないから怖い(・・;)」

(- 2015年4月16日 )

そりゃ怖いよ。起きたらいつの間にか寝ていて、部屋の中に自分の記憶にない行動の跡があるのだから。

特に目覚まし時計かけていないっていうのが恐ろしい。

そんな状態だから、遂にiPhoneにもたしなめられてしまった。
「iPhoneのSiriに試しに『飲み過ぎた』と言ってみたら『飲んだら乗るなですね』と返され、更にタクシーを呼ぶよう指示されたwちなみにもう家です。」

( 2015年8月20日)

正論過ぎて何も言えなかった。。。

このエッセイについて「はじめに」はこちら


小料理屋「彩」ありがとうございました!

19日たこやきまえかわさんでの小料理屋「彩」ありがとうございました!

ケーキ含め合計7品作らせていただきました!本当に、皆さんよく食べる!まえかわさんのたこ焼きや焼きそば、もつ煮込みもあったし私も沢山作ったけれど出す料理出す料理すぐ完売でびっくりしました!たこ焼きの面倒も見ながら、作ったの紹介します。

なすの煮びたし

肉じゃが

豚生姜焼き(写真忘れた)

叩ききゅうり

20人前作るなんてそうそうないからか、料理人生で初めて砂糖と塩を間違えるアクシデントからスタート! 前川さんに助けてもらい、 なんとか味を直して事なきを得ました 。肉じゃがの汁が多かった原因はこれです><なすの方は不幸中の幸いで油揚げのかたまりの上に投下したばかりだったので、すぐに洗浄できました。砂糖入れるべきところに塩ですからね。気が付かなかったら一口で無理なものが出来上がるところでした;

17時からのパーティーは最初から盛り上がり、このあと本当にライヴやるのかぐらいのテンションw18:30にライヴスタート。

SARIさんはずっと前に、私が当時加入していたBABY SNAKESというバンドの打ち上げで会って以来だった。開始前から飲んでて、すごく盛り上げてくれた。羅羅巣星さんは、親子ユニットで、映画の曲やXの曲のカバー。

私はライヴ中にこっそりケーキを仕込む。前川さんに上に飾るフルーツ買ってきて下さい、高かったら缶詰でもいいんでって頼んだら、フルーツミックス缶を買ってきてくれた。

前川さん、これちと難易度高いっす(笑)まぁそこを何とかするのが職人です。フルーツケーキが出来ました。

5品目はもやしの和え物。 まるで二郎のようにどっさりと。

最後はミートソースパスタ

ソースの仕込み中に自分の出番になったので、鍋の見張りを前川さんに頼んで煮込みながらライヴというぶっ飛んだ展開wこうしてソースを1時間煮込んだ甲斐がありました。驚く速さで完売! 実はここでもコンソメと焼きそばソース危うく間違えるところでした。こっちは砂糖と塩以上に取返しが付かないので本当にヒヤッとした。だって入れ物が同じなんだもん。。。

ちょうど出番も終わったし自分用にパスタを盛ってやっとありつく。うん、これはまじで美味い!まぁ作ってる途中もいろんなのつまみ食いしてましたけどね。

そしてライヴ!演った曲 1.お伽話屋の恋人 2.フェリテル 3.新都市伝説テキーラ女 4.君のヒマワリ 5.パティシエールの失恋休暇 6.花言葉を君に 7.Happy birthday to you パティシエールの失恋休暇では砂糖やらクッキー型が出てくるようになりました。そのうちボウルや泡立て器も登場する予定です(^^)

新都市伝説テキーラ女はリニューアル版でした。 これは2008年に体験した実話を元にしたフィクションです。 私が「テキーラ女」だったのではなく、私はテキーラ女にテキーラで潰された側です。念のため 。

・テキーラ女の正体は元歌舞伎町No.1のキャバ嬢

・誰よりも酒豪だがなぜかテキーラは無理

・悪行のきっかけは勤務先のテキーラ飲み比べで惨敗した事

・「チェイサー」と叫ぶと逃げる

とても好評だったので、また何かやると思います^^

次の出演

10/26(土)駒込Up-draft http://updraft-komagome.jp MPJ LIVE FIVER

open 17:30 start 18:00 2,200円+ドリンク代 MPJ会員割:1,800円+ドリンク代

熱気ロジャー/ユウキ/彩葉永華 他

10/27(日)相模原ノビーニェ

http://novinye.web.fc2.com/

open 17:00 start 17:30

2.000円(1drink付)

よこたちひろ/Cozue/みちる/彩葉永華/はるか

ご予約お待ちしています!

アルジャーノンに花束を!晴れ女にたこやきを!

19日はたこ焼きまえかわさんで、お料理を振舞わせいただきます。

2019/10/19(土)たこやき「まえかわ」【たこ焼きパーティー@まえかわ 小料理屋 彩】

OPEN 17:00 料金:男性3000円、女性2000円(飲み食べ放題)※LIVE終了後はオフ会になります。彩葉永華手料理を振る舞います!材料の調達があるので極力ご予約お願いします。
10月お誕生日の方は、男性半額、女性ご招待!誕生日パーティーも行います!

ライヴもありまして、この日はSARIさん、羅羅巣星さん、彩葉永華がライヴします。

なんだか雨が降りそうなんですが、私は晴れ女!そしてたこ焼きは私のパワーフードなので、きっとたこ焼きパワーで晴れてくれるんだって思って頑張ります(*^▽^*)

まだご予約受付中です。ちなみに私は和食が得意です。

お待ちしています!

10月のライヴと今後!

19日まえかわさんは手料理振る舞い!

彩葉永華今後のライヴです。
10/13(日)八王子anthem(歌占)
10/19(土)たこ焼きまえかわ
10/26(土)駒込Up Draft
10/27(日)相模原ノビーニェ
11/3(日)八王子anthem(歌占)
11/24(日)綾瀬CHESS
11/29(金)高円寺バーペガ
12/8(日)下井草Billy’s BAR GOLD STAR
12/21(土)神楽坂マッシュレコード
2020/1/8(水)新宿メロディア東京(ハクさん企画)

10/13(日)八王子anthem
http://anthem.favy.jp/
歌占Night
開場 15:00 開演 15:30
3,500+1オーダー(占い15分無料チケット付)
出演:藍風くじら/彩葉永華
占い師:朔夜/叶多

台風の状況が心配ですが、金曜、土曜と様子を見てまたお知らせします。

2019/10/19(土)たこやき「まえかわ」
【たこ焼きパーティー@まえかわ 小料理屋 彩】
OPEN 17:00
料金:男性3000円、女性2000円(飲み食べ放題)
※LIVE終了後はオフ会になります。
彩葉永華手料理を振る舞います!
材料の調達があるので極力ご予約お願いします。
10月生まれは男性半額、女性ご招待!

10/26(土)駒込Up-draft
http://updraft-komagome.jp/
MPJ LIVE FIVER
open 17:30 start 18:00
2,200円+ドリンク代
MPJ会員割:1,800円+ドリンク代
コスプレの方には若干ディスカウント有
熱気ロジャー/ユウキ/彩葉永華 他

10/27(日)相模原ノビーニェ
http://novinye.web.fc2.com/
open 17:00 start 17:30
2.000円(1drink付)
よこたちひろ/Cozue/みちる/彩葉永華/はるか

どしどしご予約お待ちしてます(^▽^)

6.深淵を掬う

深淵とは、文字通り深い淵。そこまで沈んではじめて何かを掬い上げる事がある。

ただ、深淵から這い上がってからやっと、「何か掬い上げたものがある」ことに気がつくので、深淵にいる最中はひたすらに痛々しい自分になっているし、真っ暗でしんどい。

そして、這い上がって、まるで深淵に沈んだ事を忘れてしまったかのように明るい自分になれた今でも、ふとしたきっかけがあると深淵の感覚が蘇る。

「眠れないので過去の作品の直しをしてみた☆攻撃的で痛々しかった時代の作品は暫く封印していたけど、それも否定せずそういう自分も居るのだと肯定出来るようになった。陰の方も沢山見たからリアルに気持ち分かるしそういう部分も含めて表現していく必要があるような気がする。折角経験したんだもの。」(7:37 – 2013年10月5日)

「上手く行かないときは明るいものを見ると面白くなくなるのはしょうがないんです。そういうときはむしろ自分の影となっているものをよく見ると倍以上明るいものを生み出せる気がします。」(4:46 – 2013年12月11日 )


「やはり私は光の住人にはなりきれないのだ。ただ、それは別に恥ずべき事ではないと思う。深淵を掬う事が出来るのは、静かな雨の様に優しく紡げるのは…光の住人には成し得ない領域かもしれない。というのが太宰治の人間失格の読書感想文でした。」(5:20 – 2015年11月21日)

深淵が蘇るきっかけとなる出来事がなにかあったのだろう。いや、大した事ではなくて、ほんの些細な事がきっかけになるのだ。

例えば、ライヴの共演者の方がやたらと愛想を振りまくのが上手くて営業が得意そうなのを見て「幼い頃からああやって愛されキャラだったのかなぁ。」と拗ねた気持ちになってしまうとか。
そういうツイートに度々、「光の住人」という言葉が登場している。私がこの言葉を使う時は大抵、誰かと自分の根本的な部分を比べて居る時が多い。

ここで言われている「光の住人」というのは、ツイート内容を読む限り、分かりやすく言うと「クラスの中心にいるような人」だと思う。

幼少期の話を少し書いた通り、だいたい高校くらいまでは、コミュニケーションが全くダメだった。その為教室に居ると浮いてしまい勝ちで、周りからは「変わっている」と認識されていた。

皆んなと同じ様に振る舞えない、溶け込めない。それが私にとっての劣等感だったから、彼らの様な人を「光の住人」と呼んでしまうのだろう。


なので、退廃的なものや思想に物凄く共感していた時期があった。これは廃墟が好きなのとは関係があるのかと言うと、よくわからないが少し関係があるかもしれないと。

今はというと、今でもそんな作品や、そんな作品を作る作家が好みである。

「太宰治だけじゃなくて芥川龍之介とか中原中也とかもなんか似てるとこ多いなーとか思ってそれだけで好きだったりする。」

(5:31 – 2015年11月21日)

「読書感想文の続きだけど、太宰の様に道化師だったのが丁度高校時代だったな。その時から学校の教室とかでライヴ始めてたんだけど。光の住人に対する気おくれをその時だけは感じないで済んだというか。その結果が彩葉永華だ。しかし彼女は既に、光の住人になれない自身を肯定したところに居るから。」

(5:55 – 2015年11月21日)

やはり深淵から掬い上げたものは他でもない「彩葉永華」だったのだ。

※このエッセイ集「翌朝、記憶にないツイートで埋まっている」に関する前書きはこちら

5.不自然な真実

それとはちょっと違うかもしれないけど、良く議論になるのが、子供に読み聞かせる童話のあり方について。

例えば、グリム童話は私達が知っているよりもずっと、原作は残酷で、登場人物、特に悪役がすぐに処刑されたり残酷な方法で殺されたりしている。

「シンデレラ」では継母がシンデレラに処刑されるわ、「3匹の子豚」では、子豚達がオオカミを捕らえた後、煮て食べてしまうというのが原作のストーリーだった。

さすがにそんな残酷な話を子供のうちから読み聞かせるのはよくないだろう、という事で、現代に伝えられているストーリーはかなり優しい内容になっているものがほとんどらしいけど。

確かに、子供のうちから「悪いやつは殺されても仕方がない」というような短絡的な思考が育ってしまうのは良くないと思う。いくら「勧善懲悪」と言ったって別に殺す以外の方法は沢山ある。っていうか、そもそも「殺すこと」そのものが良くない事だというのをむしろ分からせないといけないじゃないか。

だからと言って、それが行き過ぎてクリーンな内容になり過ぎた、とても不自然なものに最近は出会う事が多くなった。

例えば、「たばこを吸うのは良くない事だ」という訳で、喫煙シーンのタバコが他のものに差し替えられている映画の一場面。

『映画の喫煙シーンを規制するからって風車くわえてたりペロペロキャンディーなのはなんか子供だましにしかみえない。私は作品の中の表現として必要ならばそこまでガチガチにしなくていいと思うんだけど。』

3:18 – 2013年8月18日 

私はこの映画を観たわけではないが、「喫煙シーン」に関する問題が取り沙汰されているのを見かけて、本気で爆笑してしまった。なんてあほらしくて皮肉たっぷりなのだ。その記事に載ってた挿し絵を見ると、自転車に乗った初老の男性が、風車をくわえながら通りを走っているというもの。元々彼はタバコのパイプをくわえていたのだが、「自転車の運転をしながらのくわえタバコ」が問題視された結果、パイプを取り上げられ、風車をくわえる羽目になってしまったらしい。

その絵はどう見ても滑稽だった。見た目50、60のおじさんが、何でわざわざ風車なんかくわえて自転車を運転する。まるで大道芸人か頭のイカれた人じゃないか。

なんと言ったってこれじゃ風情がない。パイプの似合うおじさんが風車なんかくわえてたら大人の色気もへったくれもないし本当に不自然極まりなかった。

多分子供から見ても子供騙しに見えるだろうなぁ。確かに自転車を運転しながらのくわえタバコはよくないけど、それとこれとは違う気がするんだけどな。映画の中でのくわえタバコは、それも映画のワンシーンを構成する重要な要素となっているはずなんだ。ここで彼がパイプを加えながら自転車で悠々と通りを走っている事に意味があるはずなんだ。

いくらなんでも実社会への影響に過敏になり過ぎている気がしたし、映画の彩りまで変えてしまうそんな不自然な規制については心から残念に思った。

不自然な真実。そう、不自然。世の中が「クリーン」になって行けば行くほど、真実のもう半分のクリーンじゃない部分はわざわざ見なくても良い様になって行く。

決して世の中から消えたわけではないけれど。

スーパーに行って買い物をすれば、自分の手で鶏を締めたりしなくても唐揚げが作れる様に。

私ですらそう感じるのだから、もう少し上の世代の方と話をすると、昭和時代面白そうだなと憧れが出てくるくらいだ。

『今日行ったお店の人とも話してたけど、今の若い世代は一見昔より健全になったようにみえると。それに対しての私の意見としてはただ綺麗な環境で育ってきてるから、果たしてそれを健全というのかどうかはなんともいえない、と。』

(3:27 – 2013年8月18日 )

昔のニュース番組をネットで見る機会があって色々見てみたら、正直すぎて怖かった。事件の報道番組には不協和音で構成された不気味なBGM。そして生々しい映像に、かなりセンセーショナルで主観の様なものが時々入ったニュースキャスターの喋り。現代の報道ではもはやお目にかかれないようなニュース番組でかなり衝撃を受けた。

ただ、「ありのまま」はダイレクトに伝わって来た。他人事ではいられないくらいの感覚で。もしかすると大袈裟に報道していた事もあったかもしれないけど。

報道もここまで違うと感じるほど「クリーン」になっているのだとしたら、、、

私もきっと不自然な真実に塗れて育って来ている。

※このエッセイ集「翌朝、記憶にないツイートで埋まっている」に関する前書きはこちら

4.光と影について考えていた

なんだか哲学的というか難しいというかそんな話が続くがお許し願いたい。こういう癖のある人なので、頭の中そのまま書き起こすとこんな風なのだ。
気付けばこの章は引用ツイートが1つしかない。きっとその発言に全てが集約されているんだろう。

光と影。もっと言うと光と陰もしくは、光と闇。

自分の作る作品の曲調はメジャーコードのものが多いし、基本的には根が明るい方だ。それでも何故かマイナーコードで作られた曲に惹かれる事が多くて、作詞の方は特に、作風が退廃的だった時期もあった。それは自分の中に抱えて来た闇の部分の表れでもあるかもしれない。

実を言うと、10代の頃は私の半分以上が闇だった。

今でこそ受け入れられているけど、本気で4歳くらいから人生をやり直したいと思ったことが何度もあった。

 幼少期から人見知りでうまく集団に入れず、一人で遊ぶ事が多い子供だった。

なぜ、他の子が抵抗なく集団になって遊んだり出来るのかが不思議で仕方なかったくらいで、幼稚園に入園すると、登園後はほとんど喋らない、という幼稚園時代を過ごした。
当時の私にしてみれば、友達の名前を呼ぶことでさえも、心の準備が必要だった。そんな風だから、会話を成立させるのは至難の技。幸いにも、心優しい上級生や同級生が一緒に遊んでくれていたのだが、私があまりにも口を利かないので、苦肉の策として、ままごとではだいたい、「赤ちゃん」か「ネコ」か「人形」の役に落ち着いていた。ままごとで人気の「お母さん役」は自分には到底、出来る自信がなかった。

連絡帳を見ると、先生は相当困って居た様だった。

そんな風だから、自分の中で幼稚園~中学校くらいまではまさに黒歴史なのだ。

今考えてもまぁ、勉強は出来たし運動もそれなりに出来たし、ピアノも弾けたし、優等生だったからそういう意味での自信はあったかもしれないけど、コミュニケーションに関しては本当にダメで、まともに友達とも遊べないわ、いじめられっ子だわ、恥ずかしくてしょうがない時代だった。

それを浄化して救ってくれたのが、多分音楽制作だったんじゃないかと思う。これがなかったらどうやって黒歴史と向き合っていたんだろう。もしかすると、心理カウンセラーか何かになっていたかもしれない。もしくは、見て見ぬふりをして過ごしていたのかもしれない。

今の道以外を歩んでいたらどうなっていたかはわからないけれど、少なくとも黒歴史を見て見ぬふりしていたら、今の自分はないな。直視すれば苦痛で、なかったことにしたい。自分の中での恥だから。

だけど経験しちゃったんだから一度は直視せざるを得ないんだろうな。一番傷ついたのはその時の自分である以上は。そうしなかったら誰も味方いないじゃないか。それ、辛すぎだろ。

だからどんな事情があったにせよ、出来るだけ差別的な視点は持たないようにしているんだ。一番闘ったのは本人だから。

『自分の中の闇を見つめた人って美しいなと思った。それって自分の全てを全力で愛せてる様に見えたから。』

5:48 – 2011年11月25日 

私は言ってしまえば、ステレオタイプはまず生きてこれなかった。何歳で~をして、っていう「当たり前」が当たり前じゃなかったやつ。そんな風に育つと、「ステレオタイプじゃない私はなんか知らないけど失格じゃないか」って思う瞬間が来る。

でもさ、全員が全員ステレオタイプだったら、違和感ありそう。大体世の中って、ステレオタイプを不自由なくゲットできた人が、幸せだと認識されるためには、その対比として逸脱した人がいるんじゃないかな。じゃなきゃそれ、平々凡々の日常だもんね。

バランスの法則というのがある様に。

もともと人には光の部分と陰の部分があるのだから、陰を良くないからと言って押し殺してあたかも光だけの存在であろうとする事など無理なんだよ。

※このエッセイ集「翌朝、記憶にないツイートで埋まっている」に関する前書きはこちら