9.恋に恋する万葉少女

私の作る歌はよく「恋愛の歌が多いね」と言われる。恋愛の歌が物語を基調とした自分の作風だと創りやすいのも理由の一つで、特に実体験でもなく、うっとりとストーリーを創って行くと、恋愛の歌になってしまう事が多いんだと思う。

ただ、私の場合、恋愛モノの歌を創る時に想定する場面が、日常的にありふれたものではなく、しかも生活感がない。

昔から、なんとなく生活感のある歌は作風に合わない様な気がしているのと、なんか自分の日常を歌うのは恥ずかしいので、創作ばかりしていた結果、物語を歌う様になったのだが、恋愛モノの発端となったものが何だったかを遡って思い出してみると、中学時代にハマった万葉集が関係していそうだったった。

「万葉ロマン♪万葉集の時代何故か昔から好きなんだ☆万葉時代の恋愛美しいですわ~♪額田王と石川郎女当たりが特に(*´∀`*)」

(2013年5月2日 )

大正ロマンならぬ万葉ロマンねぇ。実際にはどうだったのかはさて置いて、万葉集に見る恋愛歌のやり取りには、連絡手段、通信手段の発達によって、言葉は悪いが恋愛が比較的手軽になった現代には薄れてしまった「来るのか来ないのか、リアルタイムにわからない相手を待つドキドキ感」が一層リアルで鮮やかに感じ取れた。

それにも増して、言葉遣い、言い回しが粋だなあと感じるので、物凄くロマンチックな気持ちになっていた。

しかし読んでいた万葉集がこれが文字だけの文集だったらここまでにはならなかっただろう。

私が読んでいた万葉集は漫画だった。ここまで来てもう想像は付いた方がいるかもしれない。

私が特にうっとりした額田王と石川郎女の場面について言えば、

額田王は言うまでもなく女子から見ても女性として素敵な恋多き女として描かれ、

「自分もこんな恋愛してみたい」という憧れの気持ちを抱いた。

そして、石川郎女の章では、郎女の恋人だったという大津皇子がかなりイケメンに描かれていたのもあって、いわゆる二次元に恋する腐女子に近い状態もしくは、そこから二次創作をするオタクの様な気持ちになった。

(それでも二次元には行かなかったし腐女子にもオタクにもならなかった)

そんな事がきっかけで、この頃から作詞が始まったのだから万葉集が私に与えた影響は測り知れない。

その後古典文学好きはエスカレートして、百人一首は全て暗記する事となる。当然、平安時代の文学も沢山読んだ

「源氏物語とか和泉式部も憧れだけど♪」

( 2013年5月2日)

源氏物語も和泉式部も随分とスキャンダルな要素が強いし、どちらも色恋だらけ。という事は、自分自身も和泉式部の様に沢山の恋愛をする事に憧れた、つまり恋に恋する気持ちだったのかもしれない。

或いは、自分で言うのは恥ずかしいけど、わりかし恋愛経験が多めなのを和泉式部に投影してロマンチックに酔っているという節が無いわけでもなさそうだ。

だからこそロマンチックだけではなく振り回される思いもするのだけど。

「恋心ほどワガママなものはこの世にないと思う、駄々こねる子どもの方がまだ物わかりがいい。」

( 2013年7月16日 )

それでも、やはりロマンティスト。

「だからこそ美しいし愛しくもあるのですけど…☆」

(2013年7月16日 )

近年のアイドルの「恋愛禁止」じゃないけど、私の様な芸事をする人に対しては、口に出さずとも「恋愛してないで芸事に全てをかけて欲しい」といった様な暗黙の、圧力というのは言い過ぎだけど期待があるように感じる場面が多い。

気持ちは良く理解できる。憧れの存在というのは、つまり夢。自分がその人の側に居られたらという夢をみているから、「憧れのあの子に恋人がいたらがっかりする」気持ちもそうだと思うし、ある種、修行僧や修道女に似た性質のある職業なので言わんとしている事はよくわかる。その上で私はこう言いたいのだ。
「シンガーソングライターさんは多分、沢山恋した方がいい。そんな気がする。恋愛ほど感性を育てるものはないかもしれません。何故なら名だたる文豪や歌人は倫理道徳を知った上でそうでしたから。」「6:47 – 2015年11月25日)

ただし自分の芸時を邪魔しない人がいいね。出来る事なら。仮にダメ男ダメ女と付き合ってもそれを芸術に昇華出来れば良いけど。

そんな事をしょっちゅう考えているものだから、それが作品になってしまうのは自然な流れだったりする。

「19才のキャバ嬢「花売り娘」が進化して、悪い女「椿姫」になってしまうお話が今書けたです。彼女は生涯「女」である事を選んだんですねぇ。そして彼女は、とある流浪の辻楽師と恋に堕ちるが、彼に「君はあの名高き悪女だね」と云われ、妖艶な髪を切り落として普通の娘に戻ってしまうというお話。」

( 2015年11月25日)

ううん、このお話を書いたのはどう言う心理でだったんだろう。花売り娘はわりと初々しい純情な若いキャバ嬢と言う設定なのが、どこで何を間違えて悪女、椿姫になってしまったのかが気になる。

キャバクラの世界でちやほやされる事を覚えたのが発端なのかなんなのか。いずれにしても、キャバ嬢が彼女の天職だったのは言うまでもない様な気がする。

辻楽師。ちょうどこの頃、中世ヨーロッパの職業図鑑と言うものを読んでいて、辻楽師と言うのはいわゆるストリートライブをする音楽家の様な感じで紹介されていた。

原作の「椿姫」でも、椿姫と呼ばれていた主人公のヴィオレッタが、アルフレードという若者と出逢い、初めて純粋な愛を知った事で、娼婦生活から足を洗おうとする場面がある。多分この場面を憶えていたかなんかで、こんな話を書きたくなったんじゃないかと思う。

それが、頭の片隅に住み着いた「辻楽師」とコラボしていい感じになった。よし、次の作品は「椿姫」だ。

さて、では実際のクリエイター女子たちの恋バナ事情はどんなものなのか。
「女子会☆恋バナではなく作詞の話に花が咲いております^ ^作業場所は家派とカフェ派と半々の様。恋しないと恋愛の歌が書けない子、逆な子、さまざまです。女子力と創造力と両方とも向上中。」(2016年1月10)

そうは言っても恋バナだってあった。恋愛が自分の創作に与える影響がどんなものだとか、実体験としての恋愛から生まれた作品がどんなものだとか、創作的観点から付き合っていい男、ダメな男の考察とか。一般的な恋バナとちょっと違ってるだけ。クリエイター女子はむしろ付き合ったら面白いと思う。ただしステレオタイプではないし、亭主関白は嫌いな傾向があるが。

クリエイター女子的恋バナの一つの例としてこんなツイートをを紹介しよう。

「両想いだからこそ言えなかったって気持ち。それって10代の私の初恋のお話。言えないけど幸せだった、そんなお話。18の時にそれを元に作った曲があった。それをさらに今、物語にして4月あたりに歌おうかと言う。両想い=付き合うじゃないの?何で?いやいや、そうじゃないこともあるんでしたよ。」
( 2016年1月14日)

その作品はというと、2018年9月現在、実はまだ未完成だったりする。

(特に議論をする気はない。別に意見を求めてるんじゃない。ただ、あの日あの時の自分が酔った勢いで垂れ流した内容にツッコんでるだけのエッセイなのです。)

このエッセイについて「はじめに」はこちら

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