5.不自然な真実

それとはちょっと違うかもしれないけど、良く議論になるのが、子供に読み聞かせる童話のあり方について。

例えば、グリム童話は私達が知っているよりもずっと、原作は残酷で、登場人物、特に悪役がすぐに処刑されたり残酷な方法で殺されたりしている。

「シンデレラ」では継母がシンデレラに処刑されるわ、「3匹の子豚」では、子豚達がオオカミを捕らえた後、煮て食べてしまうというのが原作のストーリーだった。

さすがにそんな残酷な話を子供のうちから読み聞かせるのはよくないだろう、という事で、現代に伝えられているストーリーはかなり優しい内容になっているものがほとんどらしいけど。

確かに、子供のうちから「悪いやつは殺されても仕方がない」というような短絡的な思考が育ってしまうのは良くないと思う。いくら「勧善懲悪」と言ったって別に殺す以外の方法は沢山ある。っていうか、そもそも「殺すこと」そのものが良くない事だというのをむしろ分からせないといけないじゃないか。

だからと言って、それが行き過ぎてクリーンな内容になり過ぎた、とても不自然なものに最近は出会う事が多くなった。

例えば、「たばこを吸うのは良くない事だ」という訳で、喫煙シーンのタバコが他のものに差し替えられている映画の一場面。

『映画の喫煙シーンを規制するからって風車くわえてたりペロペロキャンディーなのはなんか子供だましにしかみえない。私は作品の中の表現として必要ならばそこまでガチガチにしなくていいと思うんだけど。』

3:18 – 2013年8月18日 

私はこの映画を観たわけではないが、「喫煙シーン」に関する問題が取り沙汰されているのを見かけて、本気で爆笑してしまった。なんてあほらしくて皮肉たっぷりなのだ。その記事に載ってた挿し絵を見ると、自転車に乗った初老の男性が、風車をくわえながら通りを走っているというもの。元々彼はタバコのパイプをくわえていたのだが、「自転車の運転をしながらのくわえタバコ」が問題視された結果、パイプを取り上げられ、風車をくわえる羽目になってしまったらしい。

その絵はどう見ても滑稽だった。見た目50、60のおじさんが、何でわざわざ風車なんかくわえて自転車を運転する。まるで大道芸人か頭のイカれた人じゃないか。

なんと言ったってこれじゃ風情がない。パイプの似合うおじさんが風車なんかくわえてたら大人の色気もへったくれもないし本当に不自然極まりなかった。

多分子供から見ても子供騙しに見えるだろうなぁ。確かに自転車を運転しながらのくわえタバコはよくないけど、それとこれとは違う気がするんだけどな。映画の中でのくわえタバコは、それも映画のワンシーンを構成する重要な要素となっているはずなんだ。ここで彼がパイプを加えながら自転車で悠々と通りを走っている事に意味があるはずなんだ。

いくらなんでも実社会への影響に過敏になり過ぎている気がしたし、映画の彩りまで変えてしまうそんな不自然な規制については心から残念に思った。

不自然な真実。そう、不自然。世の中が「クリーン」になって行けば行くほど、真実のもう半分のクリーンじゃない部分はわざわざ見なくても良い様になって行く。

決して世の中から消えたわけではないけれど。

スーパーに行って買い物をすれば、自分の手で鶏を締めたりしなくても唐揚げが作れる様に。

私ですらそう感じるのだから、もう少し上の世代の方と話をすると、昭和時代面白そうだなと憧れが出てくるくらいだ。

『今日行ったお店の人とも話してたけど、今の若い世代は一見昔より健全になったようにみえると。それに対しての私の意見としてはただ綺麗な環境で育ってきてるから、果たしてそれを健全というのかどうかはなんともいえない、と。』

(3:27 – 2013年8月18日 )

昔のニュース番組をネットで見る機会があって色々見てみたら、正直すぎて怖かった。事件の報道番組には不協和音で構成された不気味なBGM。そして生々しい映像に、かなりセンセーショナルで主観の様なものが時々入ったニュースキャスターの喋り。現代の報道ではもはやお目にかかれないようなニュース番組でかなり衝撃を受けた。

ただ、「ありのまま」はダイレクトに伝わって来た。他人事ではいられないくらいの感覚で。もしかすると大袈裟に報道していた事もあったかもしれないけど。

報道もここまで違うと感じるほど「クリーン」になっているのだとしたら、、、

私もきっと不自然な真実に塗れて育って来ている。

※このエッセイ集「翌朝、記憶にないツイートで埋まっている」に関する前書きはこちら

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