4.光と影について考えていた

なんだか哲学的というか難しいというかそんな話が続くがお許し願いたい。こういう癖のある人なので、頭の中そのまま書き起こすとこんな風なのだ。
気付けばこの章は引用ツイートが1つしかない。きっとその発言に全てが集約されているんだろう。

光と影。もっと言うと光と陰もしくは、光と闇。

自分の作る作品の曲調はメジャーコードのものが多いし、基本的には根が明るい方だ。それでも何故かマイナーコードで作られた曲に惹かれる事が多くて、作詞の方は特に、作風が退廃的だった時期もあった。それは自分の中に抱えて来た闇の部分の表れでもあるかもしれない。

実を言うと、10代の頃は私の半分以上が闇だった。

今でこそ受け入れられているけど、本気で4歳くらいから人生をやり直したいと思ったことが何度もあった。

 幼少期から人見知りでうまく集団に入れず、一人で遊ぶ事が多い子供だった。

なぜ、他の子が抵抗なく集団になって遊んだり出来るのかが不思議で仕方なかったくらいで、幼稚園に入園すると、登園後はほとんど喋らない、という幼稚園時代を過ごした。
当時の私にしてみれば、友達の名前を呼ぶことでさえも、心の準備が必要だった。そんな風だから、会話を成立させるのは至難の技。幸いにも、心優しい上級生や同級生が一緒に遊んでくれていたのだが、私があまりにも口を利かないので、苦肉の策として、ままごとではだいたい、「赤ちゃん」か「ネコ」か「人形」の役に落ち着いていた。ままごとで人気の「お母さん役」は自分には到底、出来る自信がなかった。

連絡帳を見ると、先生は相当困って居た様だった。

そんな風だから、自分の中で幼稚園~中学校くらいまではまさに黒歴史なのだ。

今考えてもまぁ、勉強は出来たし運動もそれなりに出来たし、ピアノも弾けたし、優等生だったからそういう意味での自信はあったかもしれないけど、コミュニケーションに関しては本当にダメで、まともに友達とも遊べないわ、いじめられっ子だわ、恥ずかしくてしょうがない時代だった。

それを浄化して救ってくれたのが、多分音楽制作だったんじゃないかと思う。これがなかったらどうやって黒歴史と向き合っていたんだろう。もしかすると、心理カウンセラーか何かになっていたかもしれない。もしくは、見て見ぬふりをして過ごしていたのかもしれない。

今の道以外を歩んでいたらどうなっていたかはわからないけれど、少なくとも黒歴史を見て見ぬふりしていたら、今の自分はないな。直視すれば苦痛で、なかったことにしたい。自分の中での恥だから。

だけど経験しちゃったんだから一度は直視せざるを得ないんだろうな。一番傷ついたのはその時の自分である以上は。そうしなかったら誰も味方いないじゃないか。それ、辛すぎだろ。

だからどんな事情があったにせよ、出来るだけ差別的な視点は持たないようにしているんだ。一番闘ったのは本人だから。

『自分の中の闇を見つめた人って美しいなと思った。それって自分の全てを全力で愛せてる様に見えたから。』

5:48 – 2011年11月25日 

私は言ってしまえば、ステレオタイプはまず生きてこれなかった。何歳で~をして、っていう「当たり前」が当たり前じゃなかったやつ。そんな風に育つと、「ステレオタイプじゃない私はなんか知らないけど失格じゃないか」って思う瞬間が来る。

でもさ、全員が全員ステレオタイプだったら、違和感ありそう。大体世の中って、ステレオタイプを不自由なくゲットできた人が、幸せだと認識されるためには、その対比として逸脱した人がいるんじゃないかな。じゃなきゃそれ、平々凡々の日常だもんね。

バランスの法則というのがある様に。

もともと人には光の部分と陰の部分があるのだから、陰を良くないからと言って押し殺してあたかも光だけの存在であろうとする事など無理なんだよ。

※このエッセイ集「翌朝、記憶にないツイートで埋まっている」に関する前書きはこちら


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